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2020.09.22 Tuesday

9/27 牧師の書斎からNo.22

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    牧師書斎からNo.22                                   

    2020年9月27日

     

    私の4人の祖父母のうち、母方のおばあちゃんが最後に天に召されました。もう25年前のことで、95歳の時でした。おばあちゃんの子供の時、ほとんどの人は自分の車を持っていませんでした。もちろん人はアメリカ大陸や海を渡るには飛行機に乗ることはありませんでした。テレビも、ラジオも、まだ人の家庭で使われていませんでした。そのような時代を、おばあちゃんは覚えていて、その後で世界がどのように変わってきたかを全部自分の目で見て、覚えていたのです。

     

    記憶、というのは素晴らしいことですね。昔はあった物で、今はもうない、という事を思い出す。今はある物で、昔はそれがなかった事を思い出す。前に生きていた人のことを覚える。昔の経験を思い起こす。これが記憶ですね。

     

    聖書に書いてあること、私たちの信仰の内容は、主に記憶と関係している事柄です。神様が昔なさったこと、特にイスラエルの歴史の中で、そして主イエス•キリストを通してなさったこと、こういうのは聖書の記録なのです。私たちがその大昔の時に生きていなかったとしても、聖書を読むことによってある意味で私たちは神様のみわざを思い出して、信仰が励まされます。

     

    聖書の記録だけでなく、私たち一人ひとりの信仰の歩みの中で神様に出会って、祝福されてきたことも聖なる記憶です。誰から初めてイエス様のことを聞いたか、どのようにして洗礼を受けるまでに導かれたか、その後はどのような経験によって信仰の成長が与えられてきたか、このようなことが私たちの大事にしている記憶です。

     

    そして辛い経験の中にある時に、聖書に記されたことと、自分の信仰生活で経験したことを振り替えてみたら、新しい希望が心に湧いてきます。詩篇77篇を書いた人は苦しみの中で、神様が本当に共にいてくださるかを心配する時に、主の昔のみわざを思い起こしました。

     

    「主は いつまでも拒まれるのか。もう決して受け入れてくださらないのか。主の恵みは とこしえに尽き果てたのか。約束のことばは 永久に絶えたのか。神は いつくしみを忘れられたのか。怒って あわれみを閉ざされたのか。私はこう言った。『私が弱り果てたのは いと高き方の右の手が変わったからだ』と。私は 主のみわざを思い起こします。昔からの あなたの奇しいみわざを思い起こします。私は あなたのなさったすべてのことを思い巡らし あなたのみわざを 静かに考えます。」(7−12節)

     

    この聖なる記憶を呼び覚まして、この人は信仰が強められ、希望を持って神様に従うことができました。私たちも、神様が主イエスキリストを通して与えてくださった恵を思い起こして、新しい望みを持って明日に向かって歩みましょう。


    2020.10.29 Thursday

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