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2020.04.30 Thursday

5/3礼拝説教「良くなりたいか」

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    2020年5月3日

    聖日礼拝

    説教 ギャリー•カルソン

    ヨハネ5:1−15

    「良くなりたいか」

     

    「Zoom疲労」という新しい表現をこの間聞きました。Zoom会議を初めて使っている方々はこの問題を経験しているそうです。新型コロナウイルスのことでひとつの部屋で仕事仲間や会社のお客さんと集まることができない代わりに、オンライン会議が利用され、Zoom会議が急に増えています。短い間この新しい技術を覚えなければならないストレスが溜まって、疲れが出るそうです。特にそのミーティングのホストは大変です。ある利用者はオンライン会議を開催して、ミーティングの終了後、他の仕事ができないくらい、深い疲れを覚える、と話しています。どうやってその疲労が癒されるでしょうか。

     

    最近のニュースで、パチンコ店がウイルス感染の心配があっても、緊急事態宣言があっても、毎日お客さんを迎えることを聞きますね。店の方はいつものように収入が入るように、と考えています。お客さんの方は退屈で、自粛ができないから、パチンコ店に足を運ぶしかない、と訴えます。

     

    今週はゴールデンウィークです。友達と、あるいは家族と、何か楽しいこと、なんでもいいから出かけてやって見たい気持ちはわからないわけではないでしょう。でも、今の状況の中で、国から、東京都とその周辺の各県から、「ステイホーム!」と私たちは言われていますね。皆さんは今週の連休をどう過ごすように考えているでしょうか。

     

    コロナウイルスにかかっている患者さんたちは早く癒されたいでしょう。かかっていない人々も、もっと自由に仕事をしたり、普通の生活に戻ったりするには、自分の町、国、そしてこの世界がウイルスから癒されるように切に願っています。この状況の中で、仮に誰かが私たちに「良くなりたいか。このウイルスから解放されたいか。」と聞くなら、私たちの返事は多分「馬鹿な質問だ、そうなりたいのは当たり前!」となるでしょう。

     

    イエス様が三年間の地上の働きの間、大勢の人々の病気を癒されました。そのことで有名になったイエス様に、多くの人がみ前にきて、癒されるように懇願しました。でも今日の聖書の箇所は違います。イエス様がある病人に突然「良くなりたいか。」と尋ねられました。変な質問のように聞こえるでしょう!

     

    その当時、エルサレムに「ベテスド」という池がありました。水が不思議に動くと、一番先に池に入る人の病気が治る、という評判がありました。ですからそこで水が動くのを待っている病人、体の不自由な人がたくさん集まって待っていたのです。その中の一人の男の人はなんと38年間病気にかかっていました。詳しいことは書いていませんが、この病気で体が動けなくなったようです。

     

    この人がイエス様に、「わたしを治してほしい」というお願いをしませんでした。この方がイエス様、神様から遣わされて、人を癒す力を持っている方であることは彼には知らなかったらしいです。しかしイエス様は彼のこと、病のことをよく理解しておられ、彼に「良くなりたいか」と聞かれたのです。

     

    イエス様がどういう方であるか、知らないわけですから、男の人は「はい、よくなりたいです!」と答えたのではなく、水が動くようになったら、私をいけに入れてくれる人がいないからダメだ、と言いました。この人は癒されるのを諦めたでしょうか、あるいは言い訳しか思い付かなかったでしょうか。もしかしたら、この人は38年間病と付き合ってきたので、そのような生活に慣れてしまって、癒されようとしなかったかも知れません。

     

    病人の言い訳にイエス様は耳を傾けようとされませんでした。説得しようともされなかったのです。イエス様はただもう一度声をかけてくださいました。「起きて床をとりあげ、歩きなさい」と。そして男の人は実際にそうしました!体が癒されたのです!奇跡でした!しかし結果で、ユダヤ人のリーダーたちはイエス様を迫害し、殺そうと思うようになりました。なぜかというと、安息日でイエス様がその人に床を取り上げるように言われたからです。安息日で仕事をしてはいけないという決まりで、イエス様はこうして神の律法を守らないとユダヤ人のリーダーたちは決めつけたのです。

     

    この箇所は非常に興味深い話ですね。今朝、皆さんと考えてみたいところはイエス様が病人に聞かれた、「良くなりたいか」という質問です。どうして聞く必要があったでしょうか。38年間患ってきた病気から病人は癒され、解放されることを願っていたに違いありません。

     

    ただ、病気の状況に慣れてしまって、癒されることを諦めたこの人は言い訳しかなかったのでしょう。それは推測に過ぎません。でもそのような絶望に彼が陥ったとしても、イエス様が「起きて床を取り上げ、歩きなさい」と仰った時に、彼はすぐにイエス様を信じて、言われるようにしたがったのが本当に素晴らしいところだと私は思っています。私たちはこのことから何か学べるべきことがあるのではないか、と私は思います。

     

    私たちの人生の中に、まったく同じようなことが起こらないかも知れません。でも、いつかは何かのドン底、絶望に陥ってしまうことを誰でも経験するでしょう。失業、病気、死別、人間関係で何かがダメになってしまう、いろいろな可能性があります。そしてそのような時に、今日の箇所の病人と同じように、「私は一人で、助けてくれる人はいない」と感じるかも知れません。

    でも私たちが経験する問題は決して絶望で終わるわけではありません!イエス様は私たちのことをよく分かってくださいます。イエス様はそのような私たちを深く愛して、哀れんでくださいます。助けてくださるお方です。

     

    ある状況の中から、私たちはイエス様に向かって、「助けてください!癒してください!この問題から解決されるようにしてください!」と叫ぶこともあります。あるいは問題に慣れて、解放されることを諦めてしまうところでイエス様が私たちに「良くなりたいか」と優しく声をかけてくださいます。

     

    ここで大事なのはイエス様を信じて、言われることに私たちが従っていくか、ということです。すべて諦めた状況、絶望の状況の中から起きて、イエス様に向かって歩き出すことです。

     

    この聖書の箇所は今日私たちのためだ、と私は信じています。皆さん一人ひとりのためです。もし、あなたが今大きな問題を直面しているなら、イエス様に向かって助けを求めていただきたいです。あるいはもうすでにイエス様が何かをあなたに仰っているのでしょうか。祈りを持ってイエス様の声に耳を傾けてください。癒されるように、助かるように、解放されるように、今イエス様は何と言われるでしょうか。

     

    そしてこの箇所は私たち新秋津教会のためにも与えられている、と私は信じています。この教会は癒される、解放される必要があります。イエス様はそのように私たちを助けてくださることを私は信じています。私たちのどういうところがどういう風に癒されるか、またイエス様が具体的にどのようなことをなさって私たちの教会を癒してくださるかは私には分かりません。しかしその癒しを与えてくださるイエス様を私は信じて、従いたいです。「起きて、歩きなさい」、というイエス様の声が聞こえますか。一緒に従っていこうではありませんか。


    2020.05.28 Thursday

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