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2010.06.08 Tuesday

「アバ、父」と呼ぶ信仰

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    日本人の精神風土について 


    「アバ、父」と呼ぶ信仰

     

    私たちの世界に主イエスが来られたことは、「神」という方を知るうえでも大きな意味がありました。イエスは私たちに、聖く偉大な神を身近な「お父さん」と紹介してくださったのです。

     

     日本人は甘えの感情が強いと言われますが、それは宗教面においても同様です。日本の神々の中には怖い神もありますが、話のわかる優しい神が多くいます。仏教においても観音信仰や阿弥陀仏信仰は、慈悲に満ちた、すべてを抱擁する仏を対象とするものであり、仏は男性でありながらも母性豊かな甘えをも許す存在として語られています。私たちは身近な両親などを通して神や仏を理解します。宗教には信仰の対象(神や仏)に対して程度の差はあっても、父性と母性を見いだしています。

     

     聖書には「甘える」という言葉は出てこないそうです。言葉としてはそうであっても、それを連想させる言葉やできごとは記されています。主イエスに対する弟子たちの言動の中にも、使徒たちが教会に宛てた手紙の中にも出てきます。また主ご自身が教えてくださった主の祈りの最初の言葉である「アバ、父よ」で、信頼をもって親しく呼びかけることを許してくださっています。

     

     甘えるという青葉は「相手の好意に寄りかかる」という意味を持ち、言葉や身振りを表し、平安時代にはすでにこうしたことが男女において、そしてやがて親子の間柄においても認知されてきました。

     

    甘える、甘えられることをよしとする風潮が少なくなっている今でも、心の奥底では確かに求めているような気がします。しかも、それは年齢に関係なく、教会においても甘えの関係が存在し、居心地のよさや、逆に人間関係のもつれの一因にもなっています。

     

    主イエスが語られたルカの福音書十五章の「放蕩息子」では、弟も兄も各々において父親(神)に甘えています。弟は赦しを求めることにおいて、兄は、弟を赦す父親の寛容さに嫉妬する面において、甘えているようにも見えます。

     

     主イエスはどんな幼少時代を過ごされたのでしょう。きっとヨセフとマリヤの愛情のもとで、甘えを通って自立されたのでしょう。ですから、主も弟子たちが甘える言動をしても許し、受容されたのです。主が父なる神を信頼し歩まれたように、私たちもまた、私たちのことを何でも知っていてくださる方として、甘えて祈れます。本当は何の資格も権利もないのに。そこに恵みと安心があります。


    2019.08.11 Sunday

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