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2010.06.07 Monday

日本人は神を見失った

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    日本人の精神風土について 


    日本人は神を見失った

     

    街から緑が消えていく中で、豊かに残っている所は公園か神社仏閣ぐらいです。私たちの生活周辺に必ずある神社は、宣伝や布教活動を特にしなくても、習慣や行事の中に存在感を持っています。神道は私たちの国で生まれ育ったもので、文化や伝統の中に根を張り、「宗教」としては意識されにくい面があります。

     

    仏教との出会いは、神道に大きな影響をもたらしました。神道と仏教は1500年におよぶ歴史の中で、時に友人であり、時に敵対し、時にパートナーのような歩みをしてきました。神道は本来、自然そのものが宗教の対象であったことから、自然を神の住まい、社と考え、身近な山も丘も神聖な場所であって神々の座する所と考えていました。神々は霊的な存在でしたので、依代(よりしろ)を設け、俗人が近づくことを避けました。ところが、その神道も、荘厳な仏教の建物や仏像に刺激されて、神々を社に鎮座させ、しかも御神体として神像まで設けるに至って、里や町中に祀るようになりました。そして、参拝する人にとっては便利になったものの、本来神道の真髄である「清さ」や「畏敬」の意識が薄れ、寺院と並立するようになったのです。

     

     神道をみると、部分的に聖書の神と似ており、神は霊的な存在と考えられ、近寄りがたい清さがあり、暮らしを支え見守る存在として理解されていることを私たちは知ります。言うまでもなく、日本の神々は聖書の神と多くの点で違っているものの、神道の人たちは、直感的にその気高さを感じ取っていました。神道は初詣や祭り、七五三を見るかぎりでは相変わらず盛んに見えますが、その基盤は少しずつ揺らいでいます。なぜなら歴史とその信仰をみると、神道が神道としてその特色を形成してきたのは、畏敬の念を起こさせるような豊かな自然があったことと、家族や地域の中に強い共同体意識があったことによるからです。だから自然を大切にするという思いを育ててきたのです。しかしこれらが壊れていく中で、どこによりどころを求めていくのかが問いかけられています。

     

     神道は、自然そのものを神とみたことにより、創造者なる神を自然の中に埋没きせてしまいました。しかし、主イエス・キリストは私たちに、隠された神を明らかに示されたのです。ここに福音があります。

     

     神道は自然の美しさや恵みをたたえますが、聖書はそれを造られた神の、私たちに対する愛を教えています。


    2019.08.11 Sunday

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